乃木坂46 / おいでシャンプー

乃木坂46の1stシングルである『ぐるぐるカーテン』にはモータウンフィル・スペクターを参照してレーベルの音世界を創りだしていった、ちょうどそのポイントをそのまま借用して現代的なJ-POPサウンドの文法で焼き直したような興味深さと、そして何より美しさがあった。東京女子流がその参照点をファンクやソウルに見出したとしたなら乃木坂46はあくまでポップ・ミュージックをポップ・ミュージックのまま取り入れた……といったところか。
そもそもポップ・ミュージックにはこうした引用・参照を無数に繰り返していきながら発展してきた歴史がある。しかし、現代のわが国で最も売れているポップ・ミュージックであるところのAKB48サウンドを聞いてみると、こうした過去からの引用や同時代性への目配せを意図的に排しているかのように、「J-POPというフォーマットの上、ハイファイに過ぎるシンセ・サウンドと拙いコーラスが載る」というワンパターンな構造の――誤解を恐れずに言えばガラパゴス化しきった――楽曲リリースが固持されているように思える(無論こうした「J-POP的な」構造と、品質の優劣はあまり関係がないという事は強く指摘しておきたい。例えばEveryday,カチューシャはこうした構造・作りというある種限られた素材でありながら舌を巻くエモーショナルな出来栄えであり、AKB48のシングルでは最も成功している楽曲の一つと言える。)。この国の大多数は歴史を遡るのではなく、海外に目を向けるでもなく、今この瞬間を消費したいのだ……という安易な見立てをする必要は無いであろうが、それにしてもここまでガラパゴスな「文法」を積み重ねたような楽曲が時代を象徴しているというのは少し面白くない気持ちにならないでもない。そしてこうした「文法」を積み重ねていった極みと言えるのが指原莉乃『それでも好きだよ』ではないだろうか。コール・MIXといった文化に迎合する非常に機能的な構造、パルプな内輪話のような歌詞……何度でも言うがこういった要素が楽曲の品質を下げるわけではない。『それでも好きだよ』はキャッチーさと思わず吹き出してしまうようなユーモアのセンスが散りばめられ(もちろんこれも「内輪」として回収される類のものではあるのだが。)、コンパクトにまとめられたなかなかの佳曲だ。アレンジも良い。しかし、あまりに自家中毒的な印象がどうしても拭えないのはやはりAKBという文化の上でしか成り立たない、そのコミュニティの材料だけで成立するゆえの予想の裏切らなさであるだろう。
ようやく本題である。その『それでも好きだよ』の対抗馬としてリリースされた(このブックに関するあれやこれやについては言及しない、あまりに下らないからである・しかしその下らなさが逆説的に今やセールス至上主義的になってしまったオタク一般へのアンチテーゼになっていると考えることも出来る……この辺りのしたたかなバランスが秋元康の気に食わないところだが。)乃木坂46おいでシャンプー』は素晴らしい楽曲だ。今回はフレンチ・ポップスを引用することで清潔感あるメロディーを獲得し、同時にともすればあの例の渋谷系サウンドと言われかねない点をJ-POP的な構造や安っぽいシンセ・サウンドという「文法」を用いることで抑えており、結果としてある種浮ついた雲の上のガールズ・トーク感とこの国で通用するポップスとしての完成度を両立することに成功している。そう、ここで乃木坂46はJ-POPの構造に歴史からの引用――それは過去のポップ・ミュージックのように多様性を受け入れ、自らのものとして消化させていく態度と覚悟である――を取り入れることで、『ぐるぐるカーテン』に引き続き今、この瞬間この場所でポップ・ミュージックとして通用する作品でありながら同時にそれに対する訣別を孕ませた、背反的な楽曲を生み出すことに成功した。
もちろん、こうしたポップ・ミュージックにおける参照という試みは前述したように過去無数に行われていることだ。しかし同じような楽曲リリースを繰り返してグループ間の個別化をも満足に為されていない48系アイドルにおける楽曲へのアプローチに対する一つの決着の付け方としてはなかなか小さくもない一歩とは言えないだろうか。少なくとも48系アイドルの一派でありながら、差別化を強いられている乃木坂46が1st,2ndリリースにおける楽曲で明確な参照点を持ち、それをJ-POPとして焼き直している事に意味を見出すのはそれほど難しくない。
そう考えると――ここでセールス至上主義に戻ってしまい恐縮だが――『おいでシャンプー』が『それでも好きだよ』に比して、セールス的な見地から考えると圧倒的な人気を誇っているのはなかなか面白い事実である。これはつまり、リスナーは文法だけで作り上げられた合理的な曲ではもはや飽きたらず何か別のベクトルが求められているという如実な表れと考えられるのだ。そう、AKB48のJ-POP的な文法による楽曲が実はなかなか素晴らしいのはもはや常識となりつつある。そこで、それを踏まえた上で改めて次なる着地点を見つける必要性があり、その点『おいでシャンプー』はこの上ない手本となっていると言えるのではないだろうか。