2012年ベストシングル

インターネットをやっていると、とにかく知らなくてもいいことを知ってしまう。今の時代は情報過多で……なんてもっともらしい言葉を使うまでもなくもっと身近な問題で、例えば購入しようとアルバム名で検索をかけただけで違法にアップロードされたファイルを見つけてしまうような……そんな中で、どれだけ一つの音楽に対してフラットになれるかというとそれは難しい話であって我々はフラットであることすら、ぎこちない作為と共に一つの価値観として選択しなければならなくなっている。
しかし世の中にはそれくらいの事すら自覚せず何かにフラットであることがあたかも絶対的に正しいかのように、価値観を押し付けてくる連中がたくさんいる。個人の話じゃないが、それを商売にして押し付けてくるレコード屋やその他ライターエトセトラに本当にウンザリだ、全員消えて欲しい。
音楽について何かを一方的に嫌い、同時に別の何かを偏愛することがそんなにいけないことなのだろうか……とにかく嗜好における美学にすら口を出して来ようとするお節介な奴らには気をつけなければならない。


そんな感じで選びました。ベストトラックではなくベストシングルということで。



制服のマネキン
乃木坂46が80年代アイドル歌謡や90年代J-POPを元ネタにしている事は誰の目(耳)にも明らかだが、問題は曲の強度によってその射程が直接のネタであるアイドル歌謡、ポップス自体の元ネタまで及んでいることにある。1stはモータウンであり、2ndはフレンチポップ、3rdはもはやロックンロールだ。そして4thにおいて彼女らは90年代J-POPの意匠をまといながらシカゴ・ハウスやデトロイト・テクノという温かな電子音楽の記憶を鮮やかに思い起こさせる。
音楽の歴史を想起させながら、あくまで教養主義に陥ることを拒み2012年のJ-POPに落としこもうとする姿勢はアーティスティックな「気取り」の世界から遠く離れた場所にしか存在し得ないアンチ・エリートの力というものを生み出す。今年出た4枚はどれも本当に素晴らしいが最新作であり、あとはまあ僕自身一番多く枚数を買ったのがこれなので(早口で)


  • Andres / New 4 U

音楽ファンとしてあまりおおっぴらには言えないのだけれど、わざわざレコードをセットして針を落として音楽を聞くのが自分にはとにかく面倒に感じられる。ヴァイナル限定とかケチ臭いことやってないでチャチャッとmp3コードを同封してくれやと常日頃は心の底から思っているのだが、しかしこういう、心に直接響くような、何よりも素晴らしい音楽がヴァイナルで現れると、それはなんだかアナログ主義者の特権のようで無闇矢鱈な人には聞かせたくないような意志に駆られてしまう。
Moodymannの崇高さすら感じられるブラック・ソウルを濃厚に引き継ぎながら、その発現たるハウスからサルソウル、ディスコにヒップホップへと自由自在に姿を変える音像の美しさと来たら……。そこにJ Dilla風味も忘れられてはいないところがまた泣けるんだ。


  • EVISBEATS / ゆれる feat. 田我流

いい時間 / ゆれる feat.田我流 [7 inch Analog]
今年は田我流に心を奪われっぱなしの一年だった。主演作であるサウダーヂは素晴らしい作品だったし『B級映画のように2』もリリースから今に至るまで延々と聞いている。この曲も本当に良い。正直なところ好きすぎてあんまり書けない。


  • Swindle / Do The Jazz

Do The Jazz
DEEP MEDiは今年も面白いシングルを大量にリリースしましたね。有名無名問わず様々なアーティストがダブステップの「次」を模索する姿勢は実に爽快で、色々買ってしまったのだけれど中でもこれはダントツで素晴らしい。小気味良く鳴らされるクラップにのたうち回るベースライン、デトロイティッシュな上モノにツボを抑えたブレイク。さしずめフューチャー・ジャズ(死語)風味なアーバン・グライム・ファンク。
彼のもう一つのDEEP MEDiリリース作『Forest Funk』もG-Funkっぽくて素晴らしいけれどDo The Jazzというタイトルが何より良いのでこちらで。


  • Jai Paul / Jasmine

モテ男の苦悩を語る(そんなの知らんよ!と言いたいところだけれど……これが泣ける)Drakeと愛の限界を諭すJames Blakeに通底するのは孤独な、自意識塗れのメランコリーである。とにかく一人でいると好きな相手がどう思っているか答えも無いのに悩んでしまい、それは僕たちを容易にバッドに陥れるものだが、この憂鬱が彼らの手にかかればエレガントなソウルに落とし込まれ、あるいは地響きのようなベースと調和させられているわけだ。
早い話、『Jasmine (Demo)』はその中間に位置するメロウ・ベースサウンドである。しかし巧みな音響センスと消え入りそうなボーカルはこのトラックを単なる模倣に終わらない、息の詰まるような密室系シンガーソングライターの歴史をも呼び起こす強度を付け加えている。


  • TNGHT / TNGHT EP

TNGHT (WAP337LM)
正確にはシングルというよりEPだけれど……。ズシンとしたボトムにポコポコしたスネア、無意味に綺羅びやかなシンセがレイヴ前夜を思い起こさせる。同時に(ウォンキーだなんだというより)これはヒップホップでもある。原初の喜びに満ちた、エレクトロやディスコとの血縁がまだ明らかである頃のオールドスクール・ヒップホップと呼ばれるものをビートミュージックとして再解釈したような、エクストリームなEP。


  • Salu / I Gotta Go / ホームウェイ24号

I Gotta Go / ホームウェイ24号 (期間限定生産盤)
それこそBACH LOGICというプロデューサーは綺羅びやかでゴージャスな厚い音を使えるポップ・クリエイターでもあるわけで、ラップ・ミュージックにおいて彼のメロディアスな強みを出すにはその技法についてある程度の逸脱が可能なMCを供されることが重要である。なるほどSaluほどその意図を汲めるMCは他にいない。歌を交えながらヒップホップの文法を崩しつつ、ポップなトラックを柔軟に乗りこなしていく姿勢はまさにヒップホップがメインストリームに取り込まれているUS的な発想(あまり比べてどうこう言うのも古いとはいえ……)の産物でもあるわけだ。
そしてこのシングルは軽快でさりげない、ラップを用いた都会のポップスである。ERAのような、夜の世界のタフで刹那的な質感は無いが、代わりに昼の世界の日常を気怠くも前向きに描いている。


アッパーカット!/夕立ち!スルー・ザ・レインボー
2012年にネットレーベルを出自とするクリエイターがアイドル・ソングを作って出来が悪くなるはずがない。勢いに乗っている人々の作り出す音楽というのはそれだけでもまったく侮ることの出来ない突破力を持っており、この両A面シングルはまさにその象徴でもある。
彼女らの今年リリースしたシングルは、モロEDM……というかSkrillex『Rock n’ Roll』な『UPPER ROCK / イチバンガールズ!』や最も素晴らしかった頃のPerfumeを鮮やかに思い起こさせる「テクノ・ポップ」RAM RIDER作曲『End of Season EP』など、クラシック揃い。


ROAD TO BUDOKAN 2012 ~Bad Flower~ (SG+DVD) ジャケットA
2011年の彼女らは「大人」であることへのアピールに結びつけながらアーバン・ファンク、フュージョンといったサウンドに舵を取る姿勢を示していたが結局のところ今年はそうした明確なサウンドの着地点を出せていなかったように思える。だからといって曲一つ一つの完成度が落ち込んだというわけでは無論なく、今作でも縦ノリの激しいギターと打ち込みビートが気持ち良い秀作を披露している。
……しかし、正直なところ僕は大人な女子流路線を引き継いだと思われるカップリング曲「ディスコード」の方が好き。そして武道館単独ライブおめでとう。


キラキラチューン/Sabotage (通常盤)
原曲への愛やオマージュなんて欠片も感じさせない、悪ふざけ以外の何者でもないカバー曲。しかしそれこそが素晴らしい。愛だなんだのを持ちだして予定調和なカバーをするんだったらやらない方がマシ、という事をよく理解し自らの確固たる世界観に持ち込んだ前山田健一との確信犯的かつ挑戦的なシングル。
小沢健二の「強い気持ち・強い愛」カバーの時もそうだったけれど彼女らには良くも悪くも、スノッブでユーモラスな悪意がある。それは彼女らにアーティーな側面を見出したがるティピカルな音楽ファンを嘲笑うようで、正直なところ面白い。
両A面曲「キラキラチューン」も王道を“あえて”やってみました感が鼻に付くが、このポップ感には抗えないでしょう。



余白として、各一曲というノルマを課した上で、今年リリースされた興味深い女性アイドル・ソングについても12曲選出してみよう。もちろん個人的な偏愛に満ちて当然である。
それにしてもこのジャンルの上澄みだけをさらっているに過ぎない自分でさえベストを選ぶにあたって候補が多すぎて苦労するというのは、まさに闊達なジャンルを追いかけている実感を味あわせてくれる。
リストを作成している際にはこうした感触と共に、どのグループであっても自分の嗜好に合った曲が無視できないほどに存在する事を発見する。様々なクラスタへと訴求しうる多様性とも言い換える事が出来るだろう。
これはそもそもアイドルポップという概念が音楽上の何かしらの特徴を表現しうるタームではなく専らマーケティング・コンセプトに過ぎないがゆえに生じるものである事は明らかではあるが、このジャンルはそうした広い土壌があるのみではない。主たるマーケティング層が音楽に求めるものがそれぞれ異なるオタクなる人種(楽理に関心を示す人もいれば、ヨッシャ行ければそれで良いと思う人もいる)であるから、またそして彼らが市場を支えるからこそ、厄介な実験性なる言葉に引きずられた結果としてのデッド・エンドに陥ることなくあくまで大衆に開けたポップ音楽として成立出来ているのである。
まあタワレコ筆頭に数多の音楽メディアを眺めているとこうした二律性はそろそろ破綻しそうな気がするのだけれど、何事であっても終わる間近の水と油が同居する状態が一番面白いのは確かである。
ところで前田敦子『君は僕だ』は途方も無く素晴らしいがあれはアイドルポップスではなく、女優ポップスなのであえて入れません。


そんな感じでしょうか。最近、年間ベストやろうとすると結構疲れることに気付きました。みなさん良いお年を。